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 第3回(番外編) 商工会は鉄道を誘致した?!


●鉄道開設記念碑に幸手商工会の名前が…

 市内には東武鉄道日光線があり、昭和4年4月1日に幸手駅(旅客・貨物)が開業しました。幸手駅の開設に伴い、地元では当時の商工会員をはじめとする「鉄道期成同盟会」を組織し、早期の開設に向けて運動を展開しました。 幸手駅前に建立している鉄道開設記念碑では、この鉄道に対する地元の期待がいかに大きいかを記した内容を知ることができます。
 なお地元の方々による多額の寄付によって、用地買収・駅開設場所の選定等の課題を解決し開業をむかえました。商工会(当時は、幸手商工会)としても寄付(当時の金額で1,430円)をしたそうです。碑文に「〜幸手商工会並町民諸氏カ熱誠ナル〜」と誘致活動の経過が記されています。

【 昭 和 6 年 頃 の 幸 手 駅 】
『村と町 往事の幸手』より出典
資料提供 幸手市教育委員会

【 昭 和 7 年 の 雪 の 幸 手 駅 】
撮影 故 浜田 得一氏(商工会初代副会長)
資料提供 幸手市教育委員会

 なお余談ですが、この他にも幸手を通る鉄道敷設計画がありました! いずれも構想実現には至りませんでした。
(1)幸手鉄道〓久喜〜西関宿間
 大正9年の県行政文書によると、西関宿に至る途中に幸手が位置づけられていた。また昭和初期には、飯能から久喜を経由し、幸手を経て茨城県境町方面に至るものとなっている。
(2)常武電気鉄道(株)〓久喜〜関宿町間
 大正14年2月に法人設立、久喜停車場(久喜駅)から、上高野村・幸手町・権現堂川村・吉田村を通過して関宿町を結ぶ計画。
(3)千住馬車鉄道〓千住茶釜橋(東京都足立区)〜春日部最勝院〜幸手
 明治23年に幸手に延長する申請が許可、26年に千住・春日部間が開通した。しかし経営がふるわず開設後4年、明治30年で営業停止し会社は解散。幻の馬車鉄道と言われている。
   ※ 参考文献 幸手市史 民俗編

● 第1回 幸手の『横丁鉄道』

● 第2回 明治の元勲が宿泊された由緒ある旅館

● 第3回(番外編) 商工会は鉄道を誘致した?!
● 第4回 日光道中幸手宿の銘菓菓子店『大塚屋』とは!?
● 第5回(番外編)権現堂という地名の由来とは?
● 第6回(番外編)NHK「生中継 ふるさと一番」にて放映!
● 第7回 幸手に狩野派の絵師がいた!
● 第8回(番外編)今でも残る幸手宿の町家は『味噌屋』だった!?
● 第9回 江戸時代からある幸手の和スイーツとは?!
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